1位 狐屋コオリ サイド
オレ、休みの日は(礼がたたき起こしに来なきゃ)、たいてい昼まで寝てんだけどよ。
今日は大掃除するからって、事務方に、屋敷から追い出された。
外はピュウッと冷たい風が吹いてる。
玄関に突っ立ててもしょうがねーから、『赤ちゃんでも分かる! マンガ世界の歴史』でも買ってくるかって、本屋へ行ったんだ。
そこで、まさか和子とバッタリ会うとは思ってなかった。
「和子、一人でふらふら外に出んなよ。暗黒人間のこともあるし、危ねぇだろ」
「まだ午前も午前だから、大丈夫だろうよ。いやそれよりもコオリくん。今日はみょうに顔が赤いが、じつは体調不良なのではないか? ヤケドのせいで、熱が出ているとか」
本屋を出たあと、オレたちは一緒に街中を歩いてる。
「べ、べつに、なんともねー。ヤケドも、毎日礼に薬をぬったくられてるし」
通りの店は、まだツリーやらイルミネーションのコードやら、クリスマスのなごりがあって、そわそわ落ちつかねーかんじだ。
いや、そわそわしてんのは、オレのほうか。
やべぇ、なんだこれ。顔がすっげー熱い。まともにとなりを見られねぇぞ。
まさか人を好……す……っ、す……っ、とかなると、毎日こんなんなるのか?
いやウソだろ。いくらなんでも、こんなんなんねぇだろ。まさかオレ病気か?
和子はマフラーをしてるからか、髪をしめ縄みてぇに……ええと、三つ編み(?)にしてる。
いつもと雰囲気のちがう和子を、オレはなんでか視界に入れらんねぇで、道の先だけ見て歩いてる。
和子は「一之瀬吉乃」の新刊チェックに来たらしい。
けど『赤ちゃん世界史』にも、すっげぇキョーミありそうだったから、いちおう「いっしょに読むか?」って聞いてみた。
そしたら、すんげぇイキオイでうなずいたから、その流れで、本を読める場所を探しながら歩いてんだ。
「コオリくん、あそこでよかろう」
「外かよ。どっか、駅のハンバーガー屋とかのがいいんじゃねぇか?」
和子が指さしたのは、神社の境内だ。
だれもいねーし、ベンチも北風の吹きっさらしで、寒いんじゃねぇかと思ったんだけど。
「さぁさぁ座りたまえ座りたまえ。そしてその本をすみやかに開きたまえ」
オレにベンチをすすめる和子のほっぺたが、つやつやピンクだ。
とにかく、今すぐ読みたいみてーだ。
そんなわけで、オレたちはベンチにならんで、『赤ちゃん世界史』を開いた。
「おお、なるほどだなっ。我々がよく見る地図は、日本をまんなかに置いているよな。しかし各国、自分の国をまんなかにすえた地図を使うのがふつうなのだ。さぁ、この地図を見たまえよっ。これは、ヨーロッパが中心にあるだろう。この地図だと日本はどこにあるかね?」
「えーと、ええ?」
「ここだよ。地図の右のはしっこにある島。遠い遠い東の極みの国――ということで、日本は〝極東〟の国と呼ばれるのだ。コロンブスさまのような冒険家たちは、この東の極みの日本をめざして、大航海を計画し――、」
和子が歴友活動してくれてんのに、ぜんっぜん頭に入ってこねー。
本をのぞきこむ和子のかんざしが、顔に当たりそうになる。
オレが和子に、クリスマスプレゼントにあげたやつだ。
今さら、休みの日もつけてくれてんだって気がついた。
びっくりしたオレの気配に気づいたのか、和子が「ん?」とこっちを向く。
――すっげぇ近くで、目が合った。
黒いビー玉みたいな瞳が、オレを見る。
長いまつげが、ゆっくり動く。
オレは今度こそ頭がまっしろになって、全身かたまった。
たぶん、一、二秒。だけどオレにとっては、永遠みたいに長い時間。
二人で見つめあったまま、オレは呼吸まで止まる。
和子の瞳が、やたらと、すげぇ……、きれいだな……って。
なに食って生きてたら、目ん玉がこんなにきらきら、ガラスみたいに澄むんだろ。
オレはすぐそこの瞳を見つめたまま、頭の芯がボウッと熱くなって――。