2位 天照和子 サイド
わたし、天照和子は一人行動が大好きな人間だ。
クリスマス会のようなワチャワチャも、じつは意外と楽しいらしいと学んだものの、年に一度くらいでよい。
本日はとことん、「おひとりさま歴史時間」を充電するのだよっ♪
そう決めて、まずは吉乃先生のご新刊チェック、本屋さんめぐりの戦へと出陣した。
本屋さんにしずしずと入り、ずらりならんだ「一之瀬吉乃」の背表紙にほくそ笑む。
ご新刊はまだ出ていないようだが、その日を待つのも、また楽しきことかな。
ほかの小説や歴史雑誌もチェックしつつ、ふと思った。
世界の歴史も、そろそろ勉強しておくべきだよな?
これから、外つ国の歴史人物がウバワレとして現れることがあるかもしれん。
歴女・天照和子、いよいよ新世界へこぎだす時がやってきたか――!?
そう、江戸から明治へと、日本の新時代をきりひらいた、坂本龍馬さまのように。大航海の旅をへて、アメリカ大陸を発見した、コロンブスさまのようにっ。
まずは基本の基本、『赤ちゃんでも分かる! マンガ世界の歴史』から攻め入るとしよう。
お値段や、いかに!
わたしは平台にのった、ぶ厚い本に手をのばす。
しかし、同時に本を取ろうとした他の客と、ガッと手をぶつけてしまった。
「これは失礼」
「悪ぃ」
本をゆずろうと手を引っこめたわたしは、相手の顔にきょとんとした。
そして相手のほうも、大きく目を見開く。
「「ん?」」
さらさらとした明るい色の髪。
端正な顔だちの中で、ひときわ印象的な両の瞳。
「コオリくんじゃないか」
「和子」
――というわけで、我々は、緊急・歴友読書会@神社のベンチと相なったのであるっ。
しかし、本日のコオリはどうしたのだろうか。
さっきから、みょうに顔色が赤い。そしてどこか気もそぞろ。
我々は『赤ちゃん世界史』を広げ、世界地図うんちくを熱く語らっていたのだが。
視線を感じて、となりのコオリに目を向けた。
夢中になって身を乗りだしていたせいで、おどろくほど近くに、美しき赤い眼がある。
わたしは思わず、ヒュッと息をのんだ。
……どうしたことであろう。彼はひたすらに、わたしの瞳を見つめている。
まるで魂を奪われたような、ぼんやりとした様子。そして目もとはほんのり赤くそまっている。
わこ、と、彼のくちびるがゆっくり動いた。
わたしはその呼びかけの、熱いもののこもった声色に、心の臓が、ドキリと鳴――、
「へぐちっ!」
鳴るまえに、くしゃみが転び出た。
コオリはベンチの背もたれに、ズダンッと背中を打ちつける。
「? ? ?」
「いやいや失敬。クサンメ・クサンメ・クサンメ」
「い、今の金縛りみてぇなの、どうやったんだ? 日の御子の必殺技か? すっ、すげぇ攻撃力高ぇな……っ」
「なにをアホなことを。わたしはただ冷えただけだが、キミはカゼっぽいのだろう。さっきから顔が赤いわ、ボーッとしているわ。それこそカゼの諸症状。クサンメ・クサンメ」
わたしマフラーを口もとまで引きあげつつ、呪文をとなえる。
「カゼか。言われてみりゃ、なんか調子が変なんだよな。つかなんだよ、そのクサンメって」
「諸説あるが、『くしゃみ』という言葉の由来だよ。古代インドの言葉で、『長寿』という意味だそうでな。仏教をひらいた古代インドの王子さま、ゴーダマ・シッダルタさまがくしゃみをなさったとき、弟子一同が『長寿・長寿・長寿』ととなえたことから、『クサンメ』が『くしゃみ』になった――とのことだ」
「へぇぇ……。じゃあそれ、オレも言ったほうがいいよな。クサンメ・クサンメ・クサンメ」
「うむ。キミもすこやかであれよ。クサンメ・クサンメ・クサンメ」
クサンメを合唱していたら、真横に影が落ちた。
「――あんたたち、なにやってんです?」
なんと。狸原礼が、はげしくニヤニヤして、わたしたちを見下ろしてるではないか。