3位 狸原 礼 サイド
――クサンメ・クサンメ・クサンメ……。
通りすぎようとした神社から、あやしい呪文の合唱が聞こえてきた。
足を止めたら、やっぱりあの二人だ。
若と天照さんが、ムダなほどの近キョリで、ベンチにならんでいる。
へぇ~~~~え?
「あんたたち、なにやってんです?」
ぼくは笑いを噛みころしつつ、声をかける。
二人はギョッとしてぼくを見上げた。
「なんと礼くん。キミにもバッタリとは、めんど……ふしぎな日もあるものだ」
「今、めんどうって言いましたよね。っていうか、若とはバッタリなんですか。なーんだ。てっきりデートかと」
「「デッ」」
二人は、同時に悲鳴みたいな声を上げる。
けれど天照さんほうは、すぐにぎゅっと顔をゆがめた。
「へくちっ、へくちっ」
思いのほか、かわ……………………おとなしいくしゃみが飛びだす。
「和子、だいじょぶかよ。和子こそカゼじゃねぇの?」
「いやいや。そんなヤワなきたえ方はしておら、はっ、ひゅっ、へくぢっ」
この寒空の下、耳まで赤くして、そんなに若と「歴友活動」をしたかったようで。
「そういえば、くしゃみはだれかにウワサされてるしるしだっていう言い伝え、知ってます? 『一回目はだれかにホメられてる。二回目は笑われてる。三回目は恋されてる。四回目からはただのカゼ』。天照さん、三回目でしたね~」
「コ、ココココココッ」
バカさまがニワトリ化した。
天照さんのほうはスンッと真顔になる。
「もちろん知っているぞ。それは中国最古のバラエティ詩アンソロジー、『詩経』から始まった、都市伝説的なやつだろう? ちなみにわたしのくしゃみは、さきほどのをふくめて四回目だ」
「「それはカゼ」」
若とぼくの声が重なった。
「いやいや、心配はご無用。たいしたことはない」
笑ってみせる天照さんをスルーして、若はザッと立ち上がった。
「もう帰んぞ」
「バカな! まだ見開き一ページめの地図しか語っていないのだぞっ」
天照さんにそでをつかみ止められた若は、まんざらでもないように動きを止める。
「…………じゃあ、店かなんか入るか」
「すまんが、吉乃先生のご新刊にそなえて節約中なのだ。わたしはここでよい」
「今日くらい、オレがおごる――って、あ。やべ。財布わすれた」
二人の視線が、ぼくに……、いいや、カバンの中の財布に集まってくる。
なんなんだ、この展開は。
おもしろがって声をかけるんじゃなかったと、ぼくは心底後悔した。
「礼も和子も、食えばいいのに」
若がエベレスト肉バーガーにかぶりつきつつ、きょとんとしてぼくたちを見る。
「ケッコーです」
「わたしは朝ごはんを食べてきた」
ぼくと天照さんは、紅茶のみ。
正直、若のトレイの肉塊と、巨大なポテトのふくろを見るだけで、胸やけしそうだ。
「しかしコオリくん。財布を忘れたって、さっきの本屋さんではどうしたのだね」
「ア? 狐屋のツケばらい。むかしからある店だと、たいていそれでなんとかなんだよな」
「ツ、ツケばらい。時代劇でサムライがよくやる、『後でまとめてお金はらうから、とりあえず今はタダで』というヤツか。現代でも通用するとは、おそるべし狐屋家の歴史力……っ!」
天照さんは妙なところで感心している。
彼女は紅茶のカップをすすりながら、ぼくのほうに目を向けた。
「悪いな礼くん。わたしのぶんも、今回はツケといてくれたまえ」
「いりませんよ。あとで管理部に出してもらうんで。ついでに怒られんのはバカさまのほうですから、いい気味ですよね」
ぼくは紅茶にレモンシロップを入れながら、あきらめまじりに二人をながめる。
天照さんは「ふぅん」と眉を上げ、ぼくと若を見くらべた。
「なんだかんだ礼くんは、世話焼きというか、若さまをあまやかしがちだよな」
「ハァ? ジョーダンじゃねぇです」
また、「初恋の君」だからどうだとか言い出すつもりか。
顔をしかめてにらんでみても、天照さんはンフフと邪悪に笑う。
「これ、なんか粉ついてんぞ?」
若がおぼんのトッピング粉を見つけて、首をかしげた。
「あぁ。それはコーラに入れるとおいしいヤツですよ」
すかさず答えたぼくを信じて、若は「へー」と、粉をコーラにぜんぶぶちまける。
「まことか。冷たい飲みものに、ポテト用の粉チーズが溶けるとは思えんが」
天照さんが身を乗りだしたときには、若はもうストローをくわえてた。
ズッ。………………げほぉっ!
そして、ぼくと天照さんにむけて、コーラを噴きやがった!
こっ、このっ、大バカさまめ!!