4位 兎川ほまれ サイド
「ご無事ですか、日の御子さま」
「お、おお……っ?」
うち――兎川ほまれは、和子さまの前にトレイを立て、コーラのしぶきからお守りした。
「なんと、タオ……じゃない、ほまれか。助かったよ、ありがとう」
「いえ。お役に立ててなによりです」
しかしチョクゲキを受けた狸原の長男は、顔面からコーラをたらしつつ、怒りに震えている。
うちが観察していたところでは、まったくの自業自得のようやけど。
「う゛ぉい、バカさま。なにしやがんですか」
「ゲホッ、れ、礼こそ、変なウソつきやがって……っ。ゴホッ、粉が、肺に入っただろがっ」
まだムセこむ若も、メガネをはずしてハンカチでふく狸原も、目を赤く光らせている。
こんなところでバトルするつもりなんやろか。
まったく、どうしようもない。
和子さまを外へお連れしようかと考えていたところで、和子さまが「どうどうどう」と、二人を引きはがした。
「礼くんはさっさと顔を洗ってきたまえ。時間がたつとベタベタになるぞ。コオリくんはおとなしく、サクサクとハンバーガーを食べるっ。歴友活動の続きが待っているのだ!」
二人はしぶしぶ、和子さまの言うとおりに動きだした。
「さすがは日の御子さま。みごとなご仲裁です」
かたわらにヒザをついたうちを、和子さまはあらためて、少しおどろいた顔でながめられた。
「今日は忍び装束ではないのだな」
おっしゃるとおり、うちはぶ厚いダテメガネとマスクで顔を隠した、私服すがただ。
今日は高校も休み。上さまのご命令もない。
完全なプライベートや。
「時間ができたので、我が主人を見守りにまいりました。しかし、おジャマするつもりはありませんので。失礼いたします」
〝影〟は、必要以上に表へ出てくるものではない。
うちはひざまずいたまま頭を下げ、いそぎ店を出る。
そして街路樹のてっぺんにもどった。
ここからならば、ひそかにウィンドウをのぞける。
朝から和子さまの道中を見守らせていただいたが、四度もくしゃみをなさっていた。
おカゼをめされてないかが、すこし心配や。
彼女と若の横顔をじっと見つめる。
――あいつ、わざわざ和子をながめに、ココまで出てきたのかよ。
――家にいると権之助が押しかけてきて、めんどうなのではないか?
声は聞こえへんけど、くちびるの動きを読めば、話していることは大体わかる。
狸原も席にもどってきた。
若と狸原はまだむっつりしとったけど、和子さまがテーブルに歴史の本を開き、あふれんばかりの知識をひろうなさる。
すると若が「へーっ」と目を大きくし、狸原も話に乗る。
うちは和子さまを見守りに来たはずが、若と狸原の横顔に目をうばわれてしまった。
このまえタオとして忍びこんだ、天照家ナベ会でも感じたが――。
若は、あんな楽しげな笑みをうかべる方やったろか。
狸原も自覚があるのかないのか、メガネのおくの瞳が、やたらと優しい。
そして和子さまの、花の咲くような笑顔。
……ウチはこそばゆい気持ちになってきた。
そしてふと、権のことを考える。
あいつが休日、おとなしくしてるとは思えへんし。
どうせまた、「ほまれはぁ!?」と、おばあさまにつめよっているころか。
……おばあさまに迷惑かけてないやろな。
うちはこずえから飛びおりた。
下にいた通行人がギョッとして腰をぬかす。
「上さまにごあいさつしてから、帰るとするか」
ウィンドウごしの和子さまたちに、うちは深々と頭を下げる。
あの方は……、氷のようだった若を変え、腹の読めなかった狸原の長男を変え、そしてきっと――、字消士の歴史を変えてくださる方だ。
「また参ります。日の御子さま」
うちはくちびるのはしを持ちあげ、かすかにほほ笑んだ。