6位 上さま サイド
今日は屋敷の大そうじの日だ。
障子をはずして紙をはりかえたり、畳をひっくり返したり、屋敷じゅうが大さわぎ。
コオリや礼たちは、朝から屋敷を追い出されたそうだ。
わたしは屋敷の主人として、なにもしないワケにもいかないね。
着物のそでをたすきでまとめ、手ぬぐいで髪をおおい、準備万全。
ちょうど、えっちらおっちらと、畳を庭へ運ぶ者たちに行きあった。
「手伝うわよ」と畳をうばい、五枚も重ねてヒョイッと頭の上にかかげる。
すると、すぐさまとり返されてしまった。
「上さまっ! 上さまに、こんなことはさせられません」
「おや」
それではと厨房に顔を出すと、冷蔵庫や倉庫のものを全部出して、中まできれいにふきあげている。
狐屋家は、一族の中でもっとも人数が多いから、食材だけで、まぁたいした量だ。
大きな伊勢エビから、刺身用のマグロにホタテ、たらいにはウナギまで泳いでいる。
手伝おうとふきんを取ると、また「上さま!」としかられてしまった。
「おやおや」
それじゃあ、庭の植木でも刈ろうかしらね。
大バサミを手に庭へ下りようとしたら、
「上さま。こちらをどうぞ」
事務長がわたしの手から大バサミを取り、かわりに刀を渡してきた。
巻いたワラを柱のように立てて、七本ならべ、心をしずめて一呼吸。
刀をふり上げ、七本まとめて、ナナメにけさ斬り!
宙に浮きのこったワラを、さらに返す刀でズパッと斬り裂く。
どどどどっと、足もとにワラの束が転がった。
ふむ、なかなか調子がいい。
「おみごと!」
事務長は、満面の笑みだ。
「上さまはお忙しくて、なかなか修行の時間も取れません。こういう天気のよい日こそ、思うぞんぶん、お体を動かされたらいかがでしょう」
「まぁ、そうね」
「それでは、わたしはそうじの続きをしてまいりますので、ごゆるりと」
ぺこりと頭を下げて、彼は小走りに去っていく。
いつの間にやら、庭の一角には、山ほどの巻きワラが積んである。
つまりコレを全部斬るまでは、そうじに加わって来るなと?
「おやおや、まぁ」
「上」という立場じゃ、どうにも気をつかわせてしまうらしい。
しかたない、おとなしく修行していてあげることにしようか。
――と思ったものの、十分もたてば、巻きワラの山は、すべて粉々に斬りすてられて、くずワラの山になってしまった。
「せっかく大そうじをしているのに、ゴミを増やしてしまったわね」
わたしはうっすら汗ばんだ額をぬぐい、刀をさやにおさめる。
庭でこのまま燃してしまおうかしら……と、ワラの山をながめて、ふと思いついた。
「ヒロ、いるかしら」
「――はいっ、上さま!」
声をかけるなり、ろうかの向こうから、ぴょこっとムジャキな顔がつき出した。
「ちょっと、お使いをたのまれてちょうだいな」
「お使い、ですか?」
にっこり笑ったわたしに、ヒロはきょとんとして首をかしげた。
たき火のまえで、わたしはヒロとしゃがみこみ、うふふと笑いあう。
「そろそろかしらね」
「はいっ」
枝で灰の下を探って、アルミホイルの包みを出してみる。
そう。そうじでおつかれの皆に、焼きイモをふるまってやろうと思い立ったのだ。
ヒロに買ってきてもらった大量のサツマイモを、ホイルに巻いて、灰になったたき火へ投入。
時々ひっくり返して、二十分も待てば、ほくほくの焼きイモのできあがりだ。
コオリが小さいころには、秋になると庭の栗をひろって、焼き栗を作ってやったものだ。
あのコは七つまで外に出してやれなかったから、退屈をしないよう、屋敷でできることをアレコレと考えたものだが。
さっき礼から連絡が入ったが、今、コオリと和子さんと三人で、ハンバーガー屋にいるらしい。
「まったく、青春しているじゃないの」
思わずフフッと笑ってしまったわたしに、ヒロがふしぎそうな顔をする。
おっと、「上」があまりユルい顔を見せるものじゃないね。
「さて、ヒロ。そろそろ子どもたちを集めてきておくれ」
「はい!」
元気いっぱいに走りさっていく幼子の背中をながめ、わたしはますます笑みが深くなる。
長年、仲の悪かった狐屋と狸原が、次世代はハンバーガーを食べに行く仲になるとはね。
狐屋の身内も、コオリを応援してくれる者たちでまとまっている。
無論、この厳しい状況のなかで、コオリにはまだまだ成長してもらわねば困るのだが。
まぁ、礼やほまれや権之助がいる。
そして日の御子さま――和子さまという、得がたい友だちができた。
あのコの未来は、心配することはない気がしているんだ。
そんなことを考えていたら、なんだかうずうずしてきた。
事務長に電話を借り、狸原家にかけてみる。
無視されるかしらと思ったけれど、意外にも三コールめでつながった。
『……上、なんの御用ですか……』
「おお、藤。元気にしていたかい? 今ね、イモを焼いているんだよ。食べに来ないか」
『ハ……? バカですか? 我が家から何時間かかると思ってるんですか。バカですか?』
心底イヤそうな声で、ヨーシャなく通話を切られてしまった。
「なんだ。次世代はあんなに仲良しなのに、さびしいことね。――よし、事務長。この焼きイモ、真空パックで狸原家に送りつけてやることにした」
「イヤがられますよ、上さま」
そう言う事務長も、くすくす笑いながら、すぐに箱を用意してきた。
箱を開けたときの、彼女の大きなため息を想像したら、ますますおもしろくなってきてしまう。
どれ。一番大きな、おいしそうなのを送ってやろうじゃないか。
おさななじみとして、親友として、愛をこめてね。