8位 鹿ヶ谷権之助 サイド
「ほまれ、来てないのぉ!?」
今日はほまれんちじゃなくて、狐屋のほうに来てみたんだけど、おれ、勘がハズれた~っ!?
休みでフリーな一日なら、きっとほまれは〝次の主〟の和子ちゃんを見に行くでしょ?
そしたらついでに、上さまにあいさつしに来ると思うじゃぁぁん。
玄関でガックリ手をつくおれを、狐屋の事務方が、かわいそうなモノを見る目でながめてくる。
「ちょうど庭で、上さまがおイモをふるまってくださるそうなので、よろしければ」
「でも、ほまれはいないんでしょお?」
「ならば、鹿ヶ谷のお客人はお帰りになると、上にお伝えします」
「あー、だけどせっかく誘ってもらったら、食べてかなきゃだよねっ。おじゃましまーす」
おれはくつをぬいで、いそいそ上がりこむ。
今日は大そうじをやってるんだ。
いそがしそうに行きかう人たちの中、おれはたき火のにおいが漂ってくるほうへ。
「おや権之助。いいところに来たね。おまえも好きなのを選ぶといいよ」
「わー、ありがとうございまーす」
おれは答えながら、ちょっとビックリして庭を見まわす。
上さまをかこんで、見習いたちがワイワイと、たき火からアルミホイルの包みを取りだしてるとこだ。
上さまは子どもたちに囲まれて、まるで小学校の優しい先生みたい。
狐屋って「隙あらば斬る!」みたいな、すっげーピリピリしたイメージだったけどな。
こんなかんじだったっけ?
いや、正月のあいさつとか、なんかあった時の非常事態の会合くらいしか来てなかったから、たんにおれが、ふだんの感じを知らなかっただけか?
すると、横からホイルの包みをさし出された。
おれはその相手に、ぱちぱち目を瞬く。
「ほまれ! やっぱこっちに来てたんだっ」
ぶ厚いメガネにマスクすがただけど、どう見てもほまれだ。
「上さまにだけ、こっそりごあいさつして帰ろうと思ったんやけど。タイミングをまちがえたみたいやわ」
「ほまれ、にぎやかなトコは苦手だもんな」
おれはもらったホイルを見つめて、すっごいうれしくなってくる。
ほまれが、おれのために選んでくれたんだ。それだけで幸せな気分になるぞ。
おれたちはにぎやかな輪からはずれて、縁がわにならんで腰をおろした。
「すれちがわんで、よかったわ」
「へ? なんの話?」
「…………なんでもあらへん」
ほまれはだまっちゃった。
……けど今の、おれとすれちがわなくてよかった、って意味か?
ほまれもおれと会いたいって思ってくれてた?
いや、さすがにソレは、まさかだな。
考えんのをやめて、ホイルの包みを開けようとしたところで、
「――あれ。権とほまれも、こっち来てたのか」
「うわ。鹿ヶ谷が来るだけで、屋敷のバカ濃度が急激に上がりますね」
若と礼も帰ってきたみたいだ。
見習いたちが立ち上がって、若に頭を下げる中、おれはテキトーにひらひら手をふる。
上さまが二人にも、ホイル包みをぽいぽい放りわたした。
「さぁみんな、おやつにたーんとお食べ。なにが出るかはお楽しみだ」
「あ。オレは腹いっぱいだから、いいや」
若はなぜか、渡された包みを、いそいで上さまに返す。
「せっかくなのに、もったいないなー」
オレはホイルをやぶって、目をうたがった。
なにが出るかお楽しみって――、焼きイモ会なんだから、イモだろって思うじゃん?
これ、真っ赤に焼けた、伊勢エビだわ。
となりで絶句してるほまれのは、ただの焼き魚になっちゃった、刺身用のマグロのかたまり。
礼もすべてをあきらめた無表情で、ホイルを開ける。
あれはたぶん、マンゴーだな。宮崎マンゴーの丸焼き。
「上さま、焼きイモのイモ成分はどこっ!?」
「イモだけじゃ、おもしろくないだろう? 冷蔵庫の中身がそこに出ていたから、ちょうどいいわと思って。おまえたちのは当たりだねぇ」
上さまは満面の笑みで胸をはる。
「……それは、正月用の食材だったんですけどね」
後ろにひかえてた事務長が、泣きそうな顔をしてる。
「つまり、闇ナベならぬ、闇焼きイモ!」
おもしろ~っと笑うおれのまわりで、見習いたちがサーッと顔色を失くしていく。
「……オレ、むかし、焼き栗を作ってもらったときも、ホイルの中から、トカゲみてぇなのが出てきて……。開けたら、責任もって最後まで食えって……」
ぼそっと若が言う。
みんなの顔がさらに青くなる。
「あれはイモリだ。イモリの黒焼きは、歴史のある薬だよ。ねぇ、礼?」
にこやかな上に、礼は笑顔でうなずく。
そして脱出しようとする若の腕を、ガッとつかまえた。
「若、まだ選んでないじゃないですか。どれがいいですか~? ぼくが選んであげましょっか」
「いらねーって言ってんだろっ」
「イモリの黒焼きは、有名なほれ薬なんですよ。好きな相手にふりかけたら、好きになってもらえるそうです」
「オレは、そ、そんなきたねぇ手使わねぇぞっ」
「あれぇ? 若、気になる相手でもいるんですかぁ?」
「それはおまえのほうだろっ!」
やり合い始めたコオリと礼をながめながら、おれは伊勢エビのカラを割って、身をもぐもぐ。
わー、さすが狐屋の正月用高級食材。焼いただけで、めっちゃウマいわ。
ほまれはマグロの焼き身をひざにのせたまま、さわがしいみんなを眺めてる。
あきれてんだろうなぁと思ったら。
その目が――、なんだかすごく楽しそうに見えて、おれは今日イチバンびっくりした。
「権。じっと見て、なんなん」
「ううん、なんでもなーい。なぁ、ほまれ。新しい年はさ、なんかもっと、いろんなコトが楽しくなりそうな気ぃしない?」
「……そうやね」
ほまれはマグロを食べるためか、マスクをすこしズラした。
若たちをながめるその口もとが、笑ってる……!
おれにはこの笑顔が、自分がうれしいときより、百倍うれしいんだ。
できたら、こっち見て笑ってくれたら最高だけどさ。
そうじゃなくてもいいから、この笑顔が、ずっと消えないでいてほしいや。
難しそーなことは山ほど起きてるけど、おれたちみんなが笑ってんなら、なんとかなるだろ。
な、ほまれ。
おれは祈るような気持ちで、彼女の横顔を目にやきつけて、自分もアハッと笑った。